ふきのとうと山菜

ふきのとう」は春の訪れを告げるものである。 

つくし」も感覚的には同じだが、鮮烈さ、ありがたみが違う。 

 

ふきのとうは名前のとおり、「」の「」である。 

色々な植物が董を立てる。 

董を食べるために栽培するものだってあるくらいだ。 

 

どういうふきのとうが好きかというと、雪の下に出ているものである。 

雪をどけると粗目雪の下でかじかんだように横になっているのがいい。 

花の部分が開いたり、花を付けたものはイマイチだろう。 

 

あの花はどうなるかというと、ふきのとうが長く伸び、その後綿毛になる。 

タンポポと同じように風に乗って種子を飛ばすのである。 

種から生える蕗は当然小さい。 

何年かすると蕗も大きくなるようになり、ふきのとうも大きくなる。 

地下に栄養を貯めておくのである。 

 

てんぷらにすることが多いかもしれないが、好みは「ふきのとうみそ」である。 

色々な作り方があるだろうが、私は刻んだふきのとうを油で炒め、酒・砂糖・味噌などで味付けする。 

実は「ねぎみそ」もそうして作る。 

ねぎみその場合、ねぎは特に油で炒めて香りを出すべきだと思っている。 

 

 

つくしは食べる習慣がないので単なる雑草である。 

ふきのとうが蕗の董であるように、つくしは「スギナ」の董である。 

スギナは雑草であり、普通は食べない。 

 

スギナの場合も地下に栄養を蓄えて董を出すので、スギナが出てすぐに刈り取ると翌年はあまり出なくなる。 

食用なら出ないと困るが、雑草が出なくても何も困らない。 

 

 

これらが終わると山菜のシーズンとなる。 

ぜんまい」を採るのが好きだ。 

ぜんまいにはオスとメスがあり、オスは胞子を飛ばし、メスは葉を付け養分を地下に蓄える。 

ひとつの株にオスとメスがあるが、オスとメスを最低一本ずつ残して採る。 

できればオスは全て残して欲しいが。 

オスは増やすためであり、メスは翌年のための養分を作るためだ。 

間違ってメスを全部採ってしまうと、翌年のぜんまいがずっと細くなってしまう。 

太いぜんまい(もちろん種類にもよるのだが)になるには何年もかかっているので、欲張って全部採ってはいけない。 

 

ぜんまいを採ってすぐに食べられると思ったら大間違いである。 

まず綺麗に掃除(綿帽子など)して、たっぷりのお湯で茹でる。 

これを日に干す。 

何日か干すと細くなっていくので、手で揉んで葉などを取り除く。 

完全に乾燥させたらできあがりだ。 

これを水で戻し、煮て味付けをする。 

 

わらび」は干さない。 

茹でたら灰汁抜きを一晩すれば食べられる。 

灰汁抜きしないと苦くてとても食べられないのである。 

 

 

うど」(山独活)も良い。 

皮を剥き、三杯酢や味噌などで食べる。 

これの好みは「油炒め」だ。 

今は炒めるというと油で炒めることを指すだろう。 

わざわざ油炒めというからには、炒めるという日本語には別の意味があったのだと思われる。 

前に「炒る」(いる)について書いたと思うが、煮るより水分が少ない状態で、かき混ぜないと焦げ付くような場合に「炒る」を使うのではないだろうか。 

炒めるも同じようだったのかもしれない。 

だから油炒めなどという言葉になったのだろう。 

 

 

他にも山菜は多い。 

採るのではなく栽培に変わってきているものもある。 

ふきのとうや山菜を食べるだけというのは実にもったいない。 

採る楽しみというのも大きいのである。 

 

ただし、人の土地に勝手に入って採るのは止めた方がいいだろう。 

縄張りだってあるだろうし、知らない土地では危険すらある。 

地元の人に聞いて山菜採りを楽しんで欲しいものだ。 


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